井戸の底で実験室

天才になるという欲望を挫折したので、凡人として生きる方法を模索している。

『永遠の僕たち』 ※ネタバレあり

 普段は名作や古典を漁ってインテリを気取っていても、たまにはベタな恋愛映画を見たくなることがある。立ち寄ったTSUTAYAの棚の一角で名作フェアが開催されており、じゃあティンときた映画を適当に借りるかと手に取ったのが『永遠の僕たち』だった。

 

 イーノックは両親の事故以後、事故のきっかけとなった罪悪感から自分を引き取ってくれた叔母と険悪で、戦死した特攻隊員の幽霊・ヒロシが唯一の友人という孤独な生活を送っていた。そんな彼の趣味は他人の葬式に参加すること。黒いスーツにネクタイを締め、静かな面持ちで、たくさんの人の中に混じってしまえば簡単にはバレない。

 しかしイーノックの遊びを見抜く者が現れた。男の子のように短い髪の少女・アナベルイーノックは葬儀屋に遊びがバレそうになったところをアナベルに助けられたのをきっかけに、アナベルと交流を深めていく。アナベル自身は進行中のがん患者であり、残り三ヶ月という短い命を、イーノックの恋人として過ごすことを決める。

 両親を亡くなってから抜け殻のようになっていたイーノックの時が、アナベルとの出会いによって動き出す。別れの結末が見えているアナベルとの恋は、イーノックに何を教えてくれるのか……。

 

 この映画、まず、なんといっても目を引いたのは、DVDジャケットだ。男女二人が道路に寝転がり、体の周囲を殺人現場の死体さながら白いチョークで囲まれながらも、お互いのほうに首を傾けて微笑み合っている。イーノック役のヘンリー・ホッパーはカッコイイが、それ以上にアナベル役のミア・ワシコウスカがチャーミング。肌の白さが病的に体を繊細に見せるが、短い生に対して前向きな態度が表情に出ている。作中で男みたいだと表現されるショートカットもとてもよく似合っている。服装も海外映画でこそ許されるオシャレ感。これぞ私が求めていたオシャレ恋愛映画だと確信した。

 次に、イーノックにだけ見える幽霊の友人・ヒロシの存在のインパクト。まさかの日本人、まさかの特攻隊員。オシャレ恋愛映画に必要な設定なのかコレ、と不安が頭をよぎったものの、恋愛映画の中で特攻隊員がどういうポジショニングをとって進んでいくのかが興味深かった。

 

 私は感動モノのストーリーにめちゃくちゃ弱いので涙腺決壊前線が到来するか、と思いきや、意外にもそんなことが無かったのは、病にリアリティを感じなかっただろう。余命三ヶ月と言われているにも関わらず、アナベルは基本的に元気だ。限られた生を謳歌しようと、イーノックと共にあっちこっちへ遊びに行く。このアナベルのリアリティの無い元気さこそがイーノックに与えられるべき救済だったのかもしれない。

 イーノックは自分が両親とともに事故で死ねなかったこと、即死だった両親には別れを告げられなかったことを嘆いている。幽霊のヒロシが見えるようになったのは、イーノックの心が生から遠ざかっていたからかもしれない。彼が前を向いて生きるためには、死者にちゃんと別れを告げることを再現する必要があった。そこに現れたのが、死を目前にしたアナベルだったのだ。

 大喧嘩をしてアナベルが倒れたあと、幽霊のヒロシはイーノックアナベルが危険な状態だと教えてやる。しかしイーノックは聞く耳を持たず、アナベルが死にゆくこと、自分がそれを救えないことに対して怒り、両親に置いていかれたことを嘆く。ここでヒロシはイーノックの首を締めた。

 病院で目覚めたイーノックは憑き物が取れたような顔になり、アナベルの担当医や叔母と関係を修復する。そしてアナベルと仲直りし、最後にはヒロシとともに彼女を見送った。

 『永遠の僕たち』は恋愛映画ではなかった。

 これは愛の物語であり、癒しの物語だ。うまく処理できなかった両親の死を再現するために、イーノックにはアナベルの死が必要だった。イーノックは両親の死という辛い経験をアナベルの死によって埋めたのだ。そして両親との幸福な日常の代替であるアナベルは、病の苦痛に苦しみ死を恐れる少女ではなく、常に笑顔で快活な少女でなければならなかった。

 正当な別れの儀式を経験したイーノックは、アナベルとヒロシという自分にとって大事な二人を欠いた世界でも生きていけるようになる。彼にとっての正当な別れとは、「愛を伝えること」だった。アナベルを見送る直前にヒロシが読む恋人宛ての手紙でも語られるように、この作品の中で後悔の対象は愛を伝えられなかったことなのだ。あくまでも愛されている自覚を持ちながら、愛を伝えられなかったイーノックという人物が、他の感動映画とは一線を画す部分であり、映画のラストを前向きな方向に持っていくことに成功している。日本であったならアナベルのようなヒロインは喪失の象徴になるだろうし、愛することよりも愛されることに重きを置いていただろう。

 

 しかし100点満点とはいかない。メロドラマ的という評論家の批判は的を射ている。幽霊として特攻隊員が登場する必然性や、やはり元気すぎるアナベルなど、どうしてもご都合主義のように見えてしまう。特にヒロシに関しては、戦争を持ち出すことで、主張が一気に説教くさくなってしまった。

 この物語の不思議な空気感はヒロシが担っているところもあるのだが、日常の中での突然死から始まる物語に戦争による特攻死を絡めるのが不自然だ。恐らく「死はたやすく辛いのは愛」であり、望まない死によって愛を伝えられなかったヒロシがそれを言うことで、愛する人が死んで辛くても生き続けることこそが愛だという主張を強化しようとしたのだろうけど、そういう主張がヒロシの持っていたミステリアスな雰囲気を薄れさせてしまい結果的に物語をチープにしてしまったと思う。

 

 

 

 

 

 批判点もあるけれど、映像のオシャレな雰囲気や、若いカップルの初々しさ、日本の特攻隊員とイギリスの若者のボードゲームのシーンなど、惹かれる点もたくさんあった。ちょっとオシャレで不思議な恋愛映画をライトに観たいという人にはオススメできる。