井戸の底で実験室

天才になるという欲望を挫折したので、凡人として生きる方法を模索している。

なんでもない日 13

 容姿を気にするのが面倒臭くて、社会人にもなってノーメイクにジーパンで仕事をしている。

 女性の多い華やかなフロアの中で平均点にも満たない格好をしているわけだが、別段気にならない。最初から白旗をあげているのだから当然だし、自分のなかでは、一般的なマナーを守っていない人間と見られるよりも、仕事ができない人間として認定されるほうがしんどいのだ。

 別にファッションが嫌いなわけではない。店を覗くのは好き。店員と喋るのは苦手だけど、ジャンル無関係に服屋を渡り歩くのは楽しい。店ごとのカラー、流行を取り入れたマネキン、紙袋を肩に下げヒールを鳴らして歩く女性、値段と素材のせめぎ合い、自分で着ることが想像もできないタイプの服、商品を眺める横顔……。服屋は、どんな女の子がどんな現実を生きているのかを教えてくれる。

 

 ただ、素敵な服を着るには、素敵な髪型や化粧や体というのも必要になる。朝に弱く、準備が遅く、体毛を剃らない自分には、素敵な服を素敵に着こなすための前提条件を揃えられないのである。いや、正確に言えば、揃えるのが面倒なのだ。

 自分からは「他人に見せるためのファッション」という観点が完全に欠落している。ボロボロの格好をして他人に「みっともない」と思われることへの羞恥心が無い。

 そういう羞恥心が限界突破して、麻痺してしまっているだけかもしれない。口元に髭が生えているのを見ると嫌な気持ちになるから、羞恥心自体はあるはずなのだ。でも、それを、見ないフリをしてしまう。みっともない自分が、自分の目にさえとまらなければ良い。

 こういうところが「自分の世界を生きている」と言われる所以だろう。他人の眼差しを気にしない性格、正確には、他人の眼差しを気にしないように強烈な自己暗示をかけている。

 

 

 素敵な服は着たいけれど、やっぱりそれよりも、少しでも多く寝ていたい。