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井戸の底で実験室

天才になるという欲望を挫折したので、凡人として生きる方法を模索している。

呪い呪われ自縄自縛

 中学生のときにひたすらCoccoの曲を聴いていたのである。大きなCDプレイヤーを持ち歩き、一人で歩く間はイヤホンを片時も外さなかった。私がハマる頃にはCoccoは既に活動を休止しており、アルバムは表裏のベストまで出ていた。私は『ブーゲンビリア』を流すことが多かった気がする。当時、1年付き合った彼氏にフラれたのであった。

 フラれた理由は、元彼女のことが好きだから、だった。他にも努力しない性格をなじられた。

 呪いのように『カウントダウン』『首。』『走る体』『眠れる森の王子様〜春・夏・秋・冬〜』を流していた。元カノが好きだと私を彼に対しての呪いは、けれど、結局は自分に対する呪いでしかなく、ストーカーじみた片思いを見事に六年も引きずった。「一度呪えば末代まで」という性格は、「人を呪わば穴二つ」がセットでついてくる。

 Coccoの曲には相手を責めなじり呪う曲もあるが、当然、別れの曲もある。『樹海の糸』『やわらかな傷跡』『風化風葬』……アルバムは必ず未来につながるストーリーとして構成されていたけれど、私はそういう曲を拒んだ。胸に燃える憎しみを常に新たなものに磨きたかったのだろう。

 呪いをかける癖は相変わらずだ。他人の言葉が頭のなかで何度も反復されてしまう。それを振り払うために私は呪いをかけ、自分を殺していく。自傷しているつもりはないのだけど、それしか手段を知らないのだ。呪わないために楽しいことを探そうとしても、楽しかったことは呪いの記憶とともにある。楽しいことのそばには常に呪った相手が佇んでいる。楽しいことをしようとするたびに、影が怒る。努力しろ、努力しろ、努力しろ。努力が楽しいと言う人もいるのだろうけど、私はこれがいまだに上手くいかず、何かしようとすると、楽しもうとする努力でいっぱいいっぱいだ。

 別の彼氏のときに言われたことがある。

「そんな性格で、人生楽しいの?」

「努力しない奴は見捨てる」

 他人を呪わないために楽しもうとするが、楽しめないから、楽しむために努力をする。で、彼の言葉を正面から受け取って楽しむために努力をしようとすると、楽しめなければ見捨てられるのではないかという不安に繋がる。

 影が頭のなかに張り付いている。頭のなかの部屋を走り回っても、どこの部屋にも影がいる。日々、努力しろよの大合唱。

 こういう呪いを解くには何が必要なのだろうか。